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香桑の近況

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2006年11月

2006.11.27

(雑誌)図書館内乱後夜祭:昇任試験、来たる

有川浩 2006 電撃hp vol.44

カモミールのエピソードに落涙。
こういう語りに弱いなあ、私。

郁があんまり大人になっちゃうと、物語がパワーダウンしちゃいそう…。
あわせて、堂上の怒鳴り声もなんとなくパワーダウン。
それはそれで、小牧の発作のツボは外さない。

この短編の見所は、手塚のヘタレっぷり。
へこんで、やさぐれて、のたうっている姿が可愛い。
生真面目な素の顔が可愛い。こんなに可愛くなっちゃって、もう。
あー、こうやって、手塚はずっといじられたおすんだ。笑

さて、郁と堂上の初デート?は無事に成功するのか!?
本編の続きに期待。この番外編もちゃんと本に入れて欲しいなあ。

2006.11.26

(雑誌)有能な彼女

有川浩 2006 野生時代 vol.29

憎まれ口と、拗ねているだけと、見分けてくれる人は、よく観てくれている人なんだと思う。
怒ることを許してくれる人は、受け留めてくれる人は、本当に優しい。

『海の底』の後日談の短編。読者に夏木と冬原を英雄視させないところが、本編での作者のバランス感覚だと思ったが、短編では彼女の有能っぷりに気兼ねしておたつく夏木が素敵すぎ。
不満がないからこそためらっちゃうあなたが素敵。いじましいところが可愛くて仕方がない。微笑ましくってたまらない。

言葉の一つ一つに噛み付きたくなる、望の気持ちもわかる。
些細な言葉の行き違いだったとしても、納得できるまで徹夜だろうとなんだろうと、とことん話し合いたい気持ちはわかる。
嫌なことは嫌だった、傷ついたと言わせてくれて、最後まで話に付き合ってくれる夏木は優しい。
本気で喧嘩ができる相手は、確かにポイントが高い。
自然に漏れ出るようなプロポーズも、らしくっていい。

ささやかな独占欲ぐらい許しますってば。私が許しても仕方がないか。
離れていると不安なものだと私も思うから。距離は、しばしば私の敵にだったから、切実に共感する。
逆の立場からすると、夏木なら浮気なんて小器用なことをしそうにないと、安心して待てそうな気もする。

望ちゃんの成長よりも、翔の変化のほうが、びみょーにショック?
あの事件の後のこんな日々、というところが、心なごむ短編恋愛小説。
番外編もそのうちまとめて一冊にしてもらいたい。是非とも。

17レボリューション

森絵都 2006 野生時代 vol.29

高校生になって3回男の子にふられた主人公が、親友に絶好を申し出てまで自分革命を実行する。

人と付き合う、付き合う相手を選ぶ価値基準ってなんだ?

年齢不相応にイキが悪くても、渋くてのどかな味わいがあることもあるわけで。
だけど、年齢相応に自分なんてものは確立しておらず、意地を張ったり、周囲に流されたり、少し大人びてきたり。

自分の心でちゃんと感じて、自分の頭でしっかり考え、自分の体をきちんと守ることはとても大事。

良識的だけれども、説教臭くない。読んでいていて安心する、居心地のよい短編でした。

2006.11.25

笑いと忘却の書

笑いと忘却の書 ミラン・クンデラ 1992 集英社

登場人物の時間と著者の時間が重なって流れつつ、短編同士が相互に絡み合って、主題の変奏を表していく、複雑で独特で巧妙な構成を持つ小説としても素晴らしいものであったが、小説の、文章の、物語そのものが印象深かった。

歴史の中から人知れず消えて忘れ去られた人々、記憶から何十万もの人生を消し去って無垢なる世界に生きようとした人々。
チェコからフランスに亡命せざるをえなかった小説家の背負う歴史は、それだけで私には重苦しい意味を彼に与えているように感じる。

夫と引き裂かれたタミナは、何度も夫の記憶をたどり、なぞり、失うまいとする。
そのために他の男と寝て、それによって更に喪う夫の記憶。
すがりつくように記憶のかけらをかきあつめ、並べあげる。
森絵都『風に舞いあがるビニールシート』と重ね合わせて読むと、更に切なく、味わい深いだろう。

学生のとき、フランス語の講義では読めなかった「失われた手紙」のラストに軽く衝撃を受けた。
この短編が、私が今の仕事を選ぶきっかけだったのだが……。いわく、人は自分の話を聞いてくれる耳を求めて戦争をしている。

無垢で無慈悲な天使の笑い。その天使達にレイプされる女性達が、チェコの大地だったのだろうかと想像が膨らむ。
愛について、性について、死について、孤独について、復讐について、忘却について、静かに深く考えさせられる本だった。

付け加えて、書記狂についての指摘と予測も示唆に満ちており、感嘆した。以下は引用。

 ***

書記狂(本を書きたいというやむにやまれぬ欲望)は、社会の発展が次の三つの根本的条件を実現するとき、宿命的に疫病の規模のものになる。
(1) 全般的に物質生活の水準が高いこと。これによって人々は無益な活動に身を捧げられるようになる。
(2) 社会生活の原子化、したがって個々人の全般的な孤立化の度合いが高いこと。
(3) 国民の国内生活において社会的変化が徹底的に欠けていること。

全般的な孤立化現象が書記狂を産み出し、そして今度は全般化した書記狂が全般的な孤立化現象を強化し、深刻化するのである。かつて印刷術の発明のおかげで、人間たちは互いに理解し合えるようになった。ところが普遍的な書記狂の時代にあっては、本を書くという事実はそれとは反対の意味をもつことになるのであって、各人はそれぞれ、外界のどんな声も通さない鏡の壁のような、己れ自身の言葉によって取り巻かれるのである。

2006.11.24

風に舞いあがるビニールシート

風に舞いあがるビニールシート 森絵都 2006 文藝春秋

135回直木賞受賞した一冊。「愛しぬくことも愛されぬくこともできなかった日々を、今日も思っている」という一文が帯に印字されている。
賞には興味がないが、この作者の本を一冊は読んでいるし、読書家の知り合いから勧められてもいた。帯の一文は、痛くて、惹かれる。
夏のイベントの帰り、空港の本屋で立ち読みし、購入を決めた。
読み終えてしばらく経つが、感想を書くのが難しい。

6つの短編が納められている。1,2,6の主人公は女性、3~5の主人公は男性で、大体、この二群で作風が異なる印象を受ける。
主人公が男性の3編は、どことなくユーモラスで、『ショートトリップ』に納められた短編のように、人を食ったような笑いの要素がある。3「守護神」と5「ジェネレーションX」はそんな感じがした。
4「鐘の音」で顕著になるが、これらの3編は、思春期から青年期にかけての誇大な自己愛、はちきれそうな誇大感の思い出だ。その時代を過ぎ去ったものが振り返るノスタルジー。

どちらかといえば、私は女性が主人公の3編のほうが、印象深かったし、より趣味に合う。
立ち読みしたのは1「器を探して」。『ショートトリップ』は中学生を対象に書かれたものであるけれども、この短編は30代の独身女性を主人公に据えて、結婚と仕事のどちらかを選択を迫らせる。この設定に私は釣られた。斉藤綾子を連想する色っぽい選択肢を主人公に選ばせるわけであるが、森絵都のほうが上品におさめている感がある。
全体がこの路線かと思っていた私を上手に裏切ってくれたのが、2「犬の散歩」だ。これは、うまい。静かに揺さぶる。日常の中で見殺しにしてきたものへの罪悪感や何もしない自分への羞恥と、日常の中の小さな出会いの喜びや感動と。先々への不安と葛藤。
生きることと死ぬこと。私は、2「犬の散歩」と6「風に舞いあがるビニールシート」を対に感じる。

表題作が、やはり全体の中でずば抜けて印象的だった。この一作だけでも読む価値がある。
一番生身のやわらかい部分は誰にも触れさせないような男たちを知っている。一人にあらず。
恋する女の例に漏れず、我を失うほど一人の男に執着してしまったことなんて、よく体験しているわけで。私だけじゃないような気もするし。
燃えたぎる情熱も、染みわたる愛情も、この世から消えてなくなったも同然の圧倒的な不在の前には術なく破れ去っていくという描写の、迫り来る暗さが、たまらなくぐっと来た。
身に覚えがありすぎるぅ。と自分と重ね合わせるのが申し訳ないほど、主人公が過ごす時間は切ない。
……参りましたorz

そして、平和を噛み締める最後。
この感覚も知っている、と思いました。
野外のライブで花火を見上げたときの気持ちを思い出しました。

もがきながら、できることをするしかない、当たり前の日常を生きるということ。
時には日常が揺らぎ、過去や未来が影を落とすとしても、また再び、得も損も落ちていない不毛な荒野をひた歩く一歩を踏み出す力強さを描く良書でした。
(2006.9.18)

2006.11.23

レインツリーの国

レインツリーの国 有川浩 2006 新潮社

……ずたぼろ……orz

だめです。やられました。
一番新しい傷の上、どまんなかにグサグサッと来た感じ。
2ヶ月経って、少しはましになったつもりだったけれども、まだ触れられるのは痛かったみたい。

ネット上の出会い。
共通点から盛り上がる会話。
縮まる心理的な距離感。
傾き、募る、気持ち。
伸とひとみの日を置かずに応酬されるメールの端々に、もう既に、じんわりと涙腺を刺激される。

こんなときがあったんだよなー、と個人的な体験を思い出す。
楽しくて嬉しくて幸せなとき。メールを送ってから返事が来るまでどきどきして、メールが来たら来たで中身を読むまでどきどきして。
あんまり急いで返事を出したら、なんと思われるだろうか。あんまり遅くに返事を出したら、なんと思われるだろうか。
そんなことまで気にしながら、その日のうちに返事が来れば、また喜び。
同じテレビを見ながら、チャットのような頻度で携帯メールを送り合い、夜更かしして。
他愛がなければないほど、貴重だったと思う。とても懐かしくて、泣きたくなった。

身を引く美学、みたいなことを、考えてみる。
自分が相手を苦しめるなら、自分なんか消えてしまったほうがいい。
自分が相手を傷つけるなら、疲れさせるなら、損をさせてしまうなら、私なんかいらない。
好きな人の重荷になりたくない。足枷になりたくない。弱点になりたくない。邪魔になりたくない。負担になんかなりたくない。
好きだからこそ。自分が消えて、相手が幸せでいてくれるのなら、それでいい。

そういう身を引くという行為が、この本の中で繰り返されるテーマの一つだ。
ひとみが前半では女性の気持ちとして肯定するが、後半では伸がこの境地を示す。
前半では伸は身を引くという発想に反論し、後半でひとみのほうから応じてみせる。
この前半と後半で二人の役割が入れ替わるほど、コミュニケーションを深めて、お互いの考えを取り入れていく、「二人」という単位を作り上げていく物語だ。

なんで、私が美学という言葉を遣ったかというと、好きな人から敢えて身を引く、というのは、やっぱり、やせ我慢とか、見栄っ張りとか、格好付けとか、そういう要素が豊富な行為だから。
本書の出だしをふまえて、これを孤独の美学の女性的な類型としたら、男性的な類型をふられて黙ってやせ我慢して格好つけることかな?…なんて、二元論の乱暴を承知で区分してみた。
物語が上出来ならば、この際、男女はどうでもいい。
そういうジェンダーロールも、聴覚障害の問題と一緒に、見事に乗り越えていくからだ。

ひとみの気持ちにも共感しながらも、私はどっちかというと伸サイドで読んだ。
最初から分かるはずのないものを「分からないから言うても無駄」で逃げられたら、話をしたい私は置いてきぼり。
ほんと、そう言えればよかった。そんな風な切り替えしが思いつくところ、小説家は巧みだなあ。 無駄と言われて、私はそこから動けなくなった。
傷を振りかざして、特権みたいに傷ついた顔をされるのも、ほんとに癪に障るもの。
その顔に、私は傷ついたんだよ。本のあちこちにアンダーラインを引いて、送り付けたいほどの気持ちになった。

物語の中では、主人公達は切れかけた糸を繋ぎなおす。忍耐強く、つむぎなおし、よりなおしていく。
この作業は、どちらかが思っているだけじゃだめなんだよ。繋いでいきたいと双方が願っていないと、試みないと、努めないと。身を引いてもいいぐらいに好きだから、本当は一緒に幸せになりたい。
将来までずっと幸せかどうかはわからない。けれども、今現在は幸せだと謳われる。

私は懐かしい気持ちと羨ましい気持ちに駆られたけれど、ほっとするようなハッピーエンドでよかった。
社会人になってしばらく経った頃に、子どものころのようなどきどきやわくわくする胸の高まりを思い出す、素敵な恋愛小説でした。

海の底(単行本)

海の底 有川浩 2005 メディアワークス

おっちゃん達がかっこいい!!

……と書き始めた感想が消えてしまい、気を取り直すためにも、本を読み直した。
面白い、だけには留まらないところが、有川さんらしい。
設定の奇抜さを忘れるほど、個人の描写、社会の描写が巧みでリアル。
私は、この本、好きだなあ。『空の中』よりも、重苦しさがあるけれども、こちらの方が好き。有川作品で最初に読んだ 『図書館戦争』を抜いたかも。
メディアワークス、いい本を出すなあ、と思った。本を読むって、やっぱり面白い。

物語の舞台となるのは、横須賀、海自の潜水艦内である。
だが、敵との戦闘を強いられるのは、自衛隊ではない。機動隊である。
実際的な戦闘からは切り離された潜水艦の内側では、そこに避難した自衛官二人と子ども達の物語がある。女性ならではの視線で描かれる課題や、地域や教育の問題など、それぞれが自らの問題と向き合い、成長していく。
登場人物も多く、いろんな要素を盛り込みながらも、散漫にならずに、最後までぐいぐいと引っ張る力を持つ。
たった6日間の物語とは思えないほど、いや、だからこその、濃密さ。

大人は大人、子どもは子どもと線を引く。
以前、知人から「年齢で線を引くことは論的根拠のない差別ではないか」と議論を吹きかけられたとき、私は明確に反論することができなかった。
今でも私は私の感覚でしか語れないけれども、やはり、大人は大人であれと線を引くほうが好きだ。自分が子どもであるときに、子どもであるからと許され、守られてきたのだから、同じように、今は私が子どもにしてあげたい大人の振る舞いというものがある。
「大人の荷物は子供は気にしなくていい」と語る作者の感覚が好きだ。「子供であるということは一体何て楽なんだろう」と、子どもの世界から脱しようとしつつある子どもの成長を語らせる。
子ども扱いされることの悔しさや、ばかな子どもには戻れない面倒臭さも書き抜いてあるところは、この本を中学生ぐらいの人たちにも読んでもらいたいと思う。

「有事の人材は平時にはいびつ」と言われる、夏木&冬原の自衛官二人は、もちろん格好よい。図書館シリーズの堂上&小牧の入隊したて、という感じだ。
小説だから顔かたちはわからないのだけれども、有川のキャラは、言動や態度が格好よいのだ。考え方や生き方がよい。私のツボ、押しまくり。
熱血だけど、正義漢にはならないんだよなあ。現実や常識を踏み外さない健全さが、安心して惚れ込める感じ。
やるべきことをやる人、仕事に真剣に取り組む人、義務を感情で投げ出さない人、そういう真摯で余裕のある大人が、大好きなのだ。自分がそうありたいから。

更に格好よいのが、機動隊の面々。熱く、潔く、頼もしい。努力に裏打ちされた自信、同情を許さぬ仕事へのプライド。くーっ、たまらんね。
滝野、明石、我孫子、豊岡、茨木、中津、芦屋、住之江、守口……と、警察の登場人物の名前は関西の地名が並ぶので、時折、舞台が横須賀であることを忘れそうになる。
そもそも、横須賀の景色が思い浮かばず、ともすれば横浜のイメージで代用していた私であるが……。
烏丸と明石の悪代官&廻船問屋のように息のあった二人もよい。際立って合理的で現実的、有能だが要領が悪い。彼らも平時にはいびつな人材である。

最終的に事態を解決するのは自衛隊(&米軍)であるが、それまで、自衛隊は事態を解決する装備がありながらも、内心忸怩として見守る他ない。
出番の少ない自衛隊の中では、福原海将がかなりのツボ。

こうしてみると、私は軍隊という文化は好ましく感じているようだ。
凝集性や斉一性の高さを求められる組織の中の適応性の低い有能な人材であるとか、平時にはいびつな有事の人材を保有できる鷹揚な上司であるとか、自覚の高い専門集団であるとか、筋肉だるまな羊さん達であるとか、戦闘をしない軍隊には、魅力を認める。
他方で、軍隊の目的であり仕事である戦闘行為は嫌いだ。断固として、嫌いだ。
力はあるけれども無闇に振るわない姿勢が、私は好きだ。人間の持つ攻撃性をどう管理するのか、これは大きな課題だ。

この本で、物足りなかったのは、「俺たちはそういう国の役人だ」という台詞を、機動隊だけではなく、自衛隊にも言ってもらいたかった点である。
有川は絶妙のバランスでもって自衛隊礼賛や軍隊礼賛には陥ってはいないと思う。最後は日常に戻るところで、それと知れる。
政府の日和見主義、省庁間の反目や縄張り意識、マスコミの余計な茶々、無神経な報道、他者を責めることが大好きな世論。
現にそこに問題はあるのに、かけはなれたところで堂々巡りをして、問題への直面を回避し、解決から逃避しているだけじゃねーの?と言いたくなるような現実は、小説の中だけではなく、そこかしこにある。

しかし、私は、政府は優柔不断でよいと思っている。
この国が即断即決即実行するときは、充分に議論されたら反論されるのがわかっているような、やましくてろくでもないことを企てている時だと、相場が決まっているのだから。
災害救助は素早くてもいいかもしれんけど、法律からいじくるときは慎重に慎重を重ねて余りある。
もどかしくて苛立たしいこともあるかもしれないが、政府はそういうものでいいのではないだろうか。
軍隊という大きな力を使うときには、それぐらい慎重であってもいいのではないだろうか。決して、無闇に、安易に振るうものではない。

なにしろ、最初から陸自&海自を投入すると、この物語は成り立たなくなる。

実は、最後まで顔を出さなかった(?)軍事オタクな人たちが、一番格好よいのかも。
(2006.11.14)

2006.11.22

空の中(単行本)

空の中 有川浩 2004 メディアワークス


このラストは、「愛と青春の旅立ち」?
作者との世代の近しさを感じます。随所に。

今度はF15イーグルが頻出。
んじゃ、次作はF16ファイティング・ファルコンか? それとも、F18ホーネットか??などと、勝手に盛り上がってみる。
タイトル通りの空の表紙、内表紙が好き。背表紙の文字も、本文の字体も、すっきりとして、私の好み。

「まったき一なるもの」の平安と幸福。万能感に満ちた世界。
きわめて対象関係論的な、母性を剥奪された恐怖と不安。人生の最も早期に刻み込まれる、原罪。混乱と抑うつ。
人間ではないものの「分離-個体化」の過程から自我なるものの成長発達を描く手法は、神林長平『戦闘妖精・雪風』のジャムしかり、菅浩江『オルディコスの三使徒』のマヌダハル神といい、SFで散見される。
人と出合った「人ではないもの」は、人と対話し、対立し、自我に目覚める。しかし、それだけではまだ、部分対象にはならない。「人ではない一なるもの」は全体のままであり、部分に分割されず、自己の中に矛盾や対立をはらまず、安定して満ち足りている。

物語は、人と「人ではないもの」の対立と、「人ではないもの」内部での部分と部分の対立が、同時平行する。
この作者は、ここで解離性同一性障害を援用した。そこに工夫が見られる。
部分と部分の対話を下手に進め、個を際立たせると対立しこそすれ、融合には至らない。やはり、それなりの配慮というか、過程というものがある。
人は人で、過ちを背負った自分、もはや完璧でもなく、万能でもない自分自身を引き受けていくことを迫られる。
まあ、思春期というものは、過大な自己愛や万能感に傷つきを覚え、それでも尚、人生が続くことを思い知る時期なのだろう。

子どもが暴走したとき、それを引き止める。それも先行く大人の仕事かな、と思う。
あやまつことは、誰にでもあるから。子どもはもちろん、大人だって、日々、いや、時々刻々と間違える。
だから、誤るな、とは、私は言えない。だって、私も間違うもーん。それを背負っていくしかないじゃないか。

誤るからこそ、その分、大人は子どもに、折れる時を、教えてやったり、与えてやることなら、できるかもしれない。
後始末の仕方や、次への対処方法を一緒に考えることだったり、謝るための勇気を振り絞る手伝いが必要なこともあるだろう。
人間にはパーフェクトはない。だからこそ、ベストがある。そして、昨日のベストと今日のベストが違うように、今日のベストと明日のベストも違うから。

間違いに気付いたら、修正しろ。
致命的な間違いなんて、そうそうには起きないから。
許されない罪や、消えない失敗を踏まえて、その上で、どうするか。
明日がどうなるか分からないのだから、日延べしないで、今、がんばらないとね。

誤ることと謝ること。亀の甲よりも年の功がものを言う、大人の魅力(?)が際立つ小説だった。

この人の本は、私の中のガキの部分を駆り立てられる気がする。なんとなく。
それは悪い気がしない。
まだまだ宮じいの境地は遠いようです。
(2006.11.4)

***

文庫本『空の中』の感想は コチラ

2006.11.21

塩の街 wish on my precious

塩の街―wish on my precious 有川浩 2004 電撃文庫

渋いっ。F18ホーネットではなく、F15イーグルですらなく、F14トムキャットを選んだところが渋いっ!!!と思ったら、後書きを読んで納得。
某名作戦闘機漫画や、某名作戦闘機映画ですか。かつてのミーハー心を一番に刺激する戦闘機、それがF-14。
日本のSFでF-14が活躍するものとしては、神林長平の『戦闘妖精・雪風』および2作目の『グッドラック』(どちらもハヤカワ)が挙げられます。外的侵略による人類の危機という基本設定では、本書と通じるものもあるでしょう。本書とあわせてどうぞ。

物語は、あれに似ています。あれ。
新井素子の『あなたにここにいてほしい』。
わりと大き目の地震にあってから思うことだけれども、明日、私が生きているとは限らないのにね。
明日、あなたが生きているとは限らないのにね。
明日、世界があるとは限らないのに、どうして平気でいられるのだろう、と不思議だった。
この不在の予感を、どうして黙殺していられるのだろう。
だからって、生活の何を変えるわけではないのだけれど。

ただ守られる、というのは、結構、悔しいもんです。
その悔しさ、もどかしさ、情けなさを描くのは、この作者の上手なところ。
特殊技能もなければ、体力もなく、サバイバル能力に欠ける私は、どうにも生き残る可能性が低そう。
守ってくれそうな人の心当たりがあるわけでもなく、心情としては、自分が援助者に回ることが好きなわけで。
それでも、かっこつけてくれる男の人がいると、ばか?とか言いながらも、感謝していたりするのです。
そういう日々の心情と重なりつつも、主人公の恋の初々しさが妙に気恥ずかしい……。

私自身は、多分、世界と自分をどっちを取るかと言われれば、世界なんて大層なものには関わりそうにないので、んー自分?とか、首をかしげながら、結局、ちまちま最後まで仕事をしていそうな小市民的な人間です。
ぐだぐだ言ってないで逃げるな!と、好きな男のところに押しかけそうな勢いと、でも遠いしぃ、体力ないしぃ、と言い訳して何もせずにぐだぐだしていそうなところと、この両方が私の持ち味ですから。
非常事態においても、デリケートな商売を続け、偽善者に徹したいものです。

世界が、明日がなくなりそうな事態が起こったら、自室を片付けなくてもすむなあ。
(2006.10.29)

 ***

あ。違った! 新井素子の『ひとめあなたに…』だ。(^^;

図書館ハンドブック

図書館ハンドブック  日本図書館協会

私が捨てることのできない本の一つが日本図書館協会『図書館ハンドブック』。この中には中小レポートも出てくるし、日野図書館も出てくる。六十四式小銃の使い方は載っていない。


さて、開いてみたついでに、このハンドブックから、いくつか引用してみましょう。


アメリカ図書館協会『図書館の権利宣言』
日本図書館協会『図書館の自由に関する宣言』(1954年採択、1979年改定)←この時代に意味があったりする
1.図書館は資料収集の自由を有する。
2.図書館は資料提供の自由を有する。
3.図書館は利用者の秘密を守る。
4.図書館はすべての検閲に反対する。


『ユネスコ公共図書館宣言』(1972年)
1.人類の業績を正しく認識させ、その記録が自由に利用されるようにする。
2.最新の科学技術や社会の情報を提供する。
3.気晴らしや楽しみのための図書を提供する。
4.それらに関して、すべての人が生涯にわたって教育を受け、自由に利用できるようにする。


ランガナタン『図書館学の五原則』(1931年)
1.図書は利用されるためのものである
2.いずれの読者にもすべて、その人の図書を
3.いずれの図書にもすべて、その読者を
4.図書館利用者の時間を節約せよ
5.図書館は成長する有機体である


「図書館が収集し保存している図書その他の資料を、たといその一部でも破棄することは、過去から受けつぎ後の世代に伝えるべき文化的遺産を滅却することを意味し、あるいは、自分たちと異なる思想の存在を否定するような行為は民主主義の根幹をゆるがすものであって、図書館は、これらの干渉に対して、あくまで冷静に慎重に対処しなければならない」


自由について語るとき、この図書館の思想が私の考え方の根底にある。多分。
(2006.9.10)

図書館内乱

図書館内乱 有川浩 2006 メディアワークス

そこで切るかーーーーーっ!?

……というのが読み終わった瞬間の感想。

二作目として成功じゃないかな?
こんな風に書いちゃったら、いくらでも続きは書ける。
むしろ、いつ終わらせるかが難しくなるかも。

会話や心理の描写もよい。ますますレギュラーの登場人物が可愛くなった。
柴崎の恋愛のくせが、ちょっと、痛いような、痒いような、むずむずと居心地が悪かった。こっぱずかしいので詳述は避ける。
さしあたって、うぐいす豆のきんつばが好きだ。さつま芋もすてがたい。

ライトノベルのような仕立てでありながら、盛り込まれた内容は充分に読み応えがあり、考えるに値する主題が多かった。
ネットにおける言論や表現の自由と責任であるとか。
公開すべきか規制すべきか禁止すべきか、見解がわかれる資料について。
特殊な設定を楽しませてくれる作品ではあるが、問題提起そのものには、リアリティがある。あまりにもリアルタイムでぎょっとするほどに。

前作の派手な戦闘シーンはないが、内乱の組み立て方がうまい。
図書館に限らず、組織で生きている人にとって、「あるある、これって」と、苦笑いしたくなる感覚に迫る。

一作目のキーワードの一つは「清廉」であると思うが、二作目は「泥を被る」ではないか。
前後して森絵都『風に舞いあがるビニールシート』で、UNHCRの難民の緊急支援というフィールドに立つことをためらう主人公がでてくる。
それなりに平和で、それなりに清潔で、それなりに裕福で、それなりに安穏とした生活を許されておきながら、どうして、泥を被り、手を汚し、身を投じることができるか。
それでもなお、手に入れたいもの。守りたいもの。
同じテーマだよなあ、って、思った。

そして、今、守ってもらう立場に甘んじるしかないのが、少し悔しい。
HPは低いし、逃げ足は遅いし、攻撃力も低いし、防御力もないし、お荷物になった気分が悔しい。
代わりに泥をはねかえしてくれる人がいるのが、誇らしくて嬉しくて申し訳ない。
うー。がんばろう。

それにしても、ここで切るかなあ? 早く続きを……。
(2006.9.22)

 ***

  別冊 図書館戦争Ⅱ
  別冊 図書館戦争Ⅰ
  図書館革命
  図書館危機
  レインツリーの国
  図書館戦争

図書館戦争

図書館戦争   有川浩 2006 メディアワークス

最近、読んだ本の中での一押し。翌日の仕事に障ろうとも、睡眠時間を惜しんで読み上げ、すぐに読み返した。

久しぶりに強力な呼び声を発する本だった。 本屋さんの店頭で見つけ、タイトルに惹かれて手に取り、迷う間もなく購入。目次が図書館の自由宣言というところに、がしっと心を掴まれる。

この設定!! 図書館を舞台にした小説というだけでも魅力的であるが、こんなにも熱い物語になるとは。いろんな意味で度肝を抜かれて、とりこになった。

前半は、なんとなく、G.I.Janeを連想。この映画もかなり好きだ。何しろ、隊長さんがアラゴルン様だ。
すると、郁がデミ・ムーアで、堂上教官がヴィゴ? 身長格差は、ぴったりだと思うんだけど……などと想像しながら読み進むうち、ますますひきこまれていった。

津守時生の宇宙軍よりも、ロバート・アスプリンの宇宙軍よりも、図書隊の置かれている状況はシビアで、戦闘場面では緊張感がある。
自由を守るとき、ほかに手段はあるのか。どうすることができるのか。

アンケートの作り方も具体的で理想的だ。社会調査のいいモデルになる。
大人のケンカ殺法を子どもに教えちゃう大人が大好きだ。子どもを大人扱いできる、大人の余裕が好きだ。そういう大人でありたいから。

とりあえず、図書館の本は大事にしてもらいたいものだ。
切り取るとか、線を引くとか、やめてほしい。近頃増えているというが、まったくもってやめてほしい。自分のものにしちゃうなんてもってのほかだ。
某大学図書館で19世紀アメリカの宗教者の日記を読んでいたときのことだ。英文のその本に、ギリシャ語で落書きがされていた。いろんな意味で腹立たしかった。嫌味っ!?
……とまれ。

知の私有化、専有化、独占化は、権力と密接に結びつく。
情報は流通、普及されなくてはならない。同時に、情報は蓄積、維持されなくてはならない。共時的にも、通時的にも、伝達されなくてはならない。
図書館運動は、民主主義運動と連動して発展してきた。
その歴史から一歩進んで空想を広げるとき、あながちありえないとは言い切れない未来を描く。

そこで交わされる会話、情緒のやり取り、人間関係のありようが、どこか身近にありそうだから、余計に、ありえない世界だとは感じなかったのかもしれない。

いろんな意味で楽しかった。いくらでも語りたくなる、私の琴線に触れる主題にがっちりヒットしているだけでなく、キャラもストーリーも読みやすかった。

(2006.9.11)

このブログを開くきっかけになった一冊。縁を深めてくれた一冊でもある。

記念すべき、有川作品の初読み。

でも、この記事は特定の友達向けに書いたものなので、一般公開していることが恥ずかしい。書き直そう書き直そうと思いつつ、現在に至る。多分、もう書き直さないので記憶の奥底に葬ることにする。

 ***

  別冊 図書館戦争Ⅱ
  別冊 図書館戦争Ⅰ
  図書館革命
  図書館危機
  図書館内乱

2006.11.02

きいろいゾウ

きいろいゾウ 西加奈子 2006 小学館

この本は、帯がハズレだ。
帯がイメージさせる内容よりも、本文のほうがよかった。

ゆっくり、そろそろと、物語は進む。
慣れるまでは、少し、読みづらかった。主人公の奇矯なほどの過敏さが、読んでいて息苦しい。痛々しい。
特別なことなど何もない田舎暮らし。描写に慣れると、でも、こういう生活は嫌いじゃない。
当たり前の毎日。ありきたりの毎日。ありのままの毎日。

じわじわと近づく、不快な予感。変化の予兆。
日常が、夫婦の生活が、関係が、壊れていく。
後半になると、冗長に感じていたはずの前半の生活が、むしろ壊れてほしくない、そのまま出来事を起さないまま終わらせてほしい気持ちで読んだ。

大人になることは難しい。
どうすること、どうあることが、大人なのだろうか。
どうやって、なにをもって、大人になれるのだろうか。
年齢ばかりは大人でありながらも、子どもに相対したとき、大人になりきれない自分の未熟さを抱えて、なんとも居心地の悪い思いをすることがある。
初めての恋や初めての死、自信のなさや孤独感、不安や緊張を抱えて、大事なことには蓋をしながら、日々を送っている。
主人公の夫婦は、懐に抱えた未完の問題から覆いを去り、過去の思い出から現在を取り戻す。
ともに生きる未来へと続く、現在だ。

最後の一行、大きな文字で書かれた、その一行に、やられたと思った。
なんと幸せなことだろうか。
それがそこにあるから、安心して眠れるのだ。そのことに、出会えること。
誰かがいてくれる日常。自分が誰かの日常のなかにある、幸せ。
きっと、この先の日常は、もっと幸せ。大丈夫。

泣きたくなるほど幸せ。絵本のような小説でした。
文中作は実際に絵本になっています。そっちも見てみたいな。

この終わりは好きだけどー。羨ましくて、その分、いろいろ思い出したり、考えたり、気持ち穏やかではない。
ちょっと、きつかった……。
悔しいから、この本では泣かない。
(2006.11.2)

 ***

その後、絵本を買ったけど、すぐに人にプレゼントしちゃいました。色鮮やかで素敵な絵本でした。

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