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2006年10月

2006.10.30

グッドラック:戦闘妖精・雪風

グッドラック―戦闘妖精・雪風  神林長平 1999 早川書房

F-14繋がりで、もそもそと本棚から探し出し、うっとりと表紙の黒光りする機体を眺め、おもむろにページを繰り……何年も経つと登場人物の名前すら憶えていないもので、結局、全部、読んでしまいました。
これこそ、某名作戦闘機漫画と主人公のイメージが被る。でも、ヘッドセットで戦闘知性体(戦術コンピュータ)とコミュニケートするあたりは、ルシファ@『三千世界の烏を殺し』の電脳戦とも通じる。

前作では、主人公と一体化していた雪風という戦闘機が、いつのまにか自律的になり、意識を持っている。
主人公の自我が成長し、同時に、ジャム(侵略者)も。
コミュニケートできるということは、意識があるということであり、意識があるということは自我があり、固有の言語=思考があるということ。
人類vsジャム、人類vs電脳知性体、ジャムvs電脳知性体、特殊戦闘部隊vs情報部、部隊vs軍組織、個人vs共同幻想、様々な次元で表れる対立こそが、自我を成長させる。

というか、自他の境界が不明瞭なままで、どうやって戦いを維持していたんだー!?という一作目への問いは、保留にしておこう。
カウンセリング/精神分析も重要な役割を果たす。そこについても、保留。
ともかく、基地の外部からの人間が参入するたびに、主人公や雪風の自我や個性といったものが浮き彫りになっていく。
これは、自我の成長について、著者が哲学した物語なんだと思う。

他者を意識し、自我を獲得し、他者を対象化しないことには、戦うこともできないが、愛することもできない。
その幸運を祈ることも。

精神的にも身体的にも、ただただ戦闘に費やされる。戦うことしか許されない。
禁欲的で重厚。台詞の量に圧倒されそうなハードボイルド。
当然、ギャグもなく、ハッピーエンドも見当たらず、ハードなまま疾駆していき、クライマックスで宙に放たれる。

ここでトリガーマンに戻ると、再び、ハードボイルドが笑いの対象になるわけであるが。
たまには、こういうのもいい。男くさいロマンチシズムたっぷり。
クサい等と言わずに、においに思い切り酔うべし。
長い小説なので、思いっきり寝不足。

(2006.10.30)

2006.10.29

トリガーマン!1 2/5

火浦功 2002 ソノラマ文庫

> 著者推薦図書。

この帯が素晴らしい。笑
学生時代に読んだ懐かしさと、以前の版に未収のものも加えてあると知って購入。
表紙のイラスト、主人公の顔が違うぅぅぅと、涙する。

人を食ったような、軽妙さが大好きだ。
ほとんどお約束通りのツボに、それでもはまってしまう私。
美女はばんばん脱いで、男性は顔がよいほどへたれで、あくまでも勧善懲悪。
必殺仕事人を知らないと、設定の醍醐味が減るかなあ。
80年代後半に書かれたSF(?)なので、ある一定年齢以上にしかわからないネタも多い。

なんとなく、主人公キースが傭兵として働いていた宇宙は、ルシファの宇宙軍が活躍している宇宙と、頭の中でリンクしてしまった。
久しぶりに読んで以来、悪代官&廻船問屋のたとえがお気に入り。
これもまた形式美?

深く考え込まずに読みましょー。
1冊で2度おいしい、時代劇とSFの両方が1度に楽しめます。
軽く脱力したいとき、笑いたいときにお勧めの一冊です。

(2006.10.29)

2006.10.16

NHKにようこそ!

NHKにようこそ! 滝本竜彦 2005 角川文庫

イタい。
イタイタしい。
イタすぎる……orz

タイトルだけでは中身の予想がつかず、手にとって粗筋を読み、迷いに迷って購入。
ひきこもりな作者による、ひきこもりな主人公(三流大学中退、ひきこもり4年目、無職無資格、ロリコン、ドラッグ嗜癖あり)の物語。
この設定が、惹かれた理由であり、引いた理由でもある。

単行本は2001年出版。
分裂病が統合失調症に名称変更されたのは2002年なので、文中に用いられているのは分裂病。マジックマッシュルームも2002年に規制の対象になった。
ニートの概念が登場し、ひきこもりという用語も多少の変遷を経てきている。
そこを除けば、まったく時間経過を感じさせない。

エロゲーに新興宗教、完全自殺マニュアルにドラッグ、サブカルチャー満載。
神経症という単語の用い方がちょっと違うぞとか、リタを気軽に齧るなよとか……私のツッコミどころもどーよ?

軽い気分で読み始めたが、コミカルにデフォルメされているとはいえ、案外にひきこもりの心理状態を的確に表現している。
読み始めて数ページ、こういう人はいる、あーんな人もいそうと連想して、神妙に真剣に姿勢を正した。
そうだ。笑っちゃいけない。笑うに笑えない。あまりにリアルすぎて。
イタさをここまでイタイタしく表現できるのはすごい。
感心して読み進めていたが、笑いのツボは不意に訪れた。

> どるあーがの塔

作中の新興宗教信者による布教活動で配布されている小冊子のタイトルである。
うん。なんかもう、ごめんなさい。と謝りながら、後は素直に笑いながら読んだ。

これは男の子の物語。男の人が書いた、男の人らしい話でもあるんだと思う。ほとんど愛しいぐらいに不器用だ。
たとえば、主人公が四苦八苦するエロ小説。
腐女子なお嬢さん達は、はるかに平気に平然と、かなり喜んで楽しんで、エロい想像を花開かせる。特に学生にとっては授業中の暇つぶしとして最高の娯楽となりえるぐらいだ。
自分用にカスタマイズしたエロ小説を書く才能は、男性より女性が長けているらしい。
ここ、かなり決定的に性差を感じた……が、これがジェンダーのメルクマールというのも嫌かも……。

更に、不器用な男の子らしく、女心にはかなりうとい。寄せられる好意を思いっきりスルーしている。ああ、まるで知り合いを見ているようで微妙に切ない。
この主人公、それでも一応はもてているのだから、見かけはいいのだろうか? 主人公だけではない、隣人の山崎もだ。
男性も、女性も、その恋心(関係性を築くという営為)における空回り具合の描写に容赦がない。いっそすがすがしいほどだった。

他者から見たらばかばかしいのに、本人にとっては死ぬほどつらく恥ずかしく寂しい。
そういう日々を描いた小説として、好き嫌いは分かれるだろうけれども、サブカルなネタが平気な人には、楽しめる本だと思います。
マンガにもなっているようだが、私は小説だけで充分かな。
(2006.10.16)

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